大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(人ナ)4号 判決

請求者

乙山愛子

右代理人

倉田靖平

被拘束者

乙山花子

右代理人

吉田聰

拘束者

乙山次郎

外四名

右拘束者ら代理人

内田宏

主文

請求者の請求を棄却する。

被拘束者木屋野菊代を拘束者木屋野忠に引渡す。

本件手続費用は請求者の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求者と拘束者乙山次郎とは昭和五〇年三月一九日婚姻し、昭和五〇年一一月二七日長女被拘束者花子が、昭和五二年一二月四日二女春子が出生したこと、右請求者と拘束者とは不和となり、昭和五三年九月頃から別居し、請求者はその実家である甲野方に居住し、拘束者忠はその両親である拘束者乙山太郎、拘束者同たね方に居住し、昭和五四年四月から現在に至るまで被拘束者花子は右木屋野方において父次郎、祖父、祖母に養育されていること、右花子の監護については請求者と拘束者忠との間に確執があり、右乙山方において花子を養育することは請求者の意に反するものであるが、拘束者次郎、同太郎、同たねは同女を請求者に引渡すことを拒否しているものであることは請求者と拘束者ら間に争いがない。

右の事実によると、被拘束者は意思能力のない幼児であることが明らかであり、このような幼児を監護することは、その者の身体の自由を制限する行為を伴うものであるから、人身保護法にいう拘束に該当するものというべく、少くとも拘束者次郎、同太郎、同たねは被拘束者を拘束しているものと認められる。

二〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができ、〈る〉。

1  請求者は、昭和二〇年一月七日、父甲野明及び甲野妙の三女として出生し、昭和四〇年三月某短期大学を卒業し、現在、同人の亡父の遺産である東京都△△区△△△一―四一―二の居宅に、二女乙山春子及び請求者の弟で独身の甲野某と共に居住し、内職としてスケール手書の下請をして月額約一〇万円の収入を得ている。

2  拘束者乙山次郎は、昭和一八年四月四日、父拘束者乙山太郎及び母拘束者乙山たねの三男として出生し、某大学理学部物理学科を卒業後約二年間の同大学物性研究所技官の勤務を経て約七年前から某庁に勤務するようになり、特許情報関係の仕事を担当している。

同拘束者は、現在、△△県△△△市△町一―四八―二〇の両親の居宅に、被拘束者並びに拘束者の両親及び母の姉である山田夏子と共に居住している。拘束者乙山稲子は拘束者次郎の姉、同木屋野三郎は同じくその弟である。

3  請求者と拘束者木屋野次郎とは、婚姻後△△県△△市△△町五丁目一三番地四二において婚姻生活を始め、前記のとおり長女の被拘束者、二女の春子が出生したが、請求者と同拘束者とは次第に不和となり、その夫婦関係は悪化するに至つた。右の不和の原因については、双方とも相手方の非を鳴らすに急であるが、両者ともにその性格上格別の欠点を有する者ではなく、宗教的雰囲気の濃い家庭に育つた拘束者次郎と右の宗教に馴染みの薄い請求者との間では日常の生活感覚、子の養育方針等につき不一致があつたとともに、婚姻後も忠の家庭に対するその両親の直接、間接の影響が強かつたことが主たる原因をなすものであつた。

4  請求者は、昭和五三年八月九日頃拘束者たねの誘いに応じて同人方に被拘束者を連れて行かなかつたことを拘束者次郎から叱責され、「出て行け」と言われたため、同月一〇日頃から同月一六日頃まで、被拘束者及び二女春子を連れて家を出て、請求者の姉の家に滞在したが、右次郎と話合つて帰宅した。その後右次郎は、同年九月一日請求者が被拘束者とともに盆踊りを見ている最中、被拘束者を連れ去り前記両親の家(以下「拘束者宅」という)に滞在していた。右は請求者が勝手に盆踊りを見に行つたことを次郎が叱責すれば、再び請求者が被拘束者を連れて家を出ることを恐れたからであつた。約一週間後次郎と被拘束者は帰宅したが、その翌日の九月八日請求者は被拘束者が再び次郎の実家に連れ去られることを恐れ、同女及び春子を連れて再度家出し、東京都△△区△△△一―四一―二の請求者の父親の家(以下「請求者宅」という。)に居住し、以後右△△町の家に戻ることはなかつた。以上のように請求者と拘束者次郎は被拘束者を擁して互に家を出たり戻つたりしていたが、遂に別居するに至つたものである。その後の請求者と拘束者次郎との被拘束者の奪い合いは次のとおりである。

(一)  拘束者乙山次郎は同年九月二七日頃、請求者宅附近の砂場で遊んでいた被拘束者を誘い出し、既に転居していた拘束者宅に連れて行つた。

(二)  請求者は、同年一〇月二六日頃拘束者宅から被拘束者を連れ去り、以後被拘束者は請求者宅においてその監護のもとにあつた。

(三)  拘束者乙山次郎は、その後数回請求者宅を訪れて被拘束者に面接していたが、昭和五四年四月一四日、被拘束者を連れ戻すべく、弟の拘束者乙山三郎を伴つて請求者宅を訪れ、請求者の隙をみて被拘束者を連れ去り、拘束者宅において起居させるようになつた。以後被拘束者は同拘束者の監護のもとにあり、拘束者乙山稲子、同三郎を除くその余の拘束者らと共に生活している。

(四)  請求者は、その後の同年五月一日頃及び八月二三日頃、拘束者宅に赴き被拘束者を連れ去ろうとしたが、拘束者らに阻まれ連れ去ることができなかつた。

5  昭和五四年四月一四日以降拘束者宅で監護されている被拘束者は、感冒等で、昭和五四年五月に三回、六月に一回、七月に九回、八月に三回、九月に一回、いずれも△△市内の○○医師の診療を受けたことはあるが、身体の所見は普通の幼児と特に変つている点はなく、現在の健康状態に特に憂慮すべきところはない。また、拘束者乙山太郎、同乙山たねは四〇年以上も霊友会の熱心な信者であり、その子であるその余の拘束者らも同会を信仰してはいるものの、その信仰が特に狂信的であり、拘束者らが格段の異常性格の持主であると認めるべき点はない。また、同人らが幼児である被拘束者に信仰を強制し、他人との接触を禁じ、戸外で遊ばせず、将来通学させない方針であるという形跡はない。もつとも、被拘束者には、請求者方においては母を慕い、父に連れ去られることを嫌悪するようなことを言い、拘束者方においては父や祖父母に馴れ親しみ、母の許に帰されたくないと言うなど、相手により使い分けをする言動があり、三歳の幼児としては異常な傾向を示している(右は両親の不和、同人の奪い合いの結果によるものと推認され、請求者、拘束者次郎双方とも責任を感ずべきところである。)。

三本件の審問期日において被拘束者は請求者が近寄るや「恐い」と叫んで、拘束者次郎にしがみつき、請求者から顔をそらすなど奇異な振舞いがあり、それが被拘束者自らの衝動から生じているものと認められるところ、右幼児が数ケ月前まで起居を共にした母を恐怖する異常さには拘束者方における影響を窺わしめるものがある。しかしながら、本件全証拠によつても、拘束者宅における被拘束者が拘束者らからその他に同人の健全な発育を阻害するような取扱いを受け、あるいは虐待を受けている等の事実は認められない。

四さらに、前記証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、被拘束者の母である請求者も父である拘束者次郎及び祖父母である拘束者太郎、同たねのいづれも被拘束者を熱愛し、その程度に差異はなく、右の父母ともに被拘束者の監護養育に当ることを切に希求していること、右の両者が親権者として被拘束者を監護、養育するについて、相互にその非をあげつらうほどには不都合はなく、両者ともに監護権者として不適格なところはないことが認められる。しかしながら、本件において最も重要な問題は、被拘束者の現況からみて、同人の監護を親権者である父母のいずれに行わしめるのが被拘束者の福祉に合致するかということである。この点については、請求者(第一回)及び拘束者次郎(第一・二回)本人尋問の結果によれば、請求者と拘束者忠との間において△△家庭裁判所△△支部に被拘束者の監護に関する調停事件及び離婚調停事件が係属しており、両者ともに離婚の意思が固いことが認められるのであつて、被拘束者の親権者、監護権者は、窮極的にはその父母の離婚の際家庭裁判所による調査等を十分に活用して慎重に決定されるべきものである。拘束者次郎が被拘束者を請求者の許から無断で連れ去つた方法には穏当を欠くものがあり、前記のように被拘束者が請求者を恐怖する状況は異常であると言わざるをえないが、拘束者方において被拘束者が格別その福祉に反する取扱いを受けているとは認められないことは前記のとおりであるから、右のような状況にある被拘束者を、この時期において、拘束者方から請求者のもとに戻し、再びその環境を変えることは、かえって同人の情緒をさらに不安定にする恐れがあり、請求者と拘束者次郎との離婚問題が解決するまでは、特に事情の変更がないかぎり、同人を拘束者次郎の監護のもとに置くのがその福祉に添うものというべきである。

五以上のとおり認められるところ、被拘束者の親権者である拘束者乙山次郎が、昭和五四年四月一四日以降拘束者宅において拘束者太郎、同たねの協力のもとに被拘束者を自己の監護下におき、右の拘束者らとともに請求者が被拘束者をその監護下におくことを妨害している行為は、いずれも被拘束者に対する拘束と解されることは前記のとおりではあるが、上記認定の諸事情にかんがみ、右拘束が現状において違法不当であるとすることはできない。また、拘束者乙山稲子、同乙山三郎については、拘束者次郎及び被拘束者と同居しているものではなく、右次郎の姉弟として、請求者と対立関係にあり、被拘束者が右次郎により監護されることを是認しているだけの関係にあるものであつて、同人らにより被拘束者が拘束されていると認めるに足りる証拠はない。

六よつて、請求者の本件人身保護請求は理由がないから棄却することとし、人身保護法一六条一項、一七条、人身保護規則四六条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(外山四郎 清水次郎 鬼頭季郎)

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